盛岡家庭裁判所 事件番号不詳 決定
本籍 東京都新宿区○○○○二丁目○五○番地
住居 岩手県水沢市○○五○番地A方
無職 蒲田吉雄(仮名) 昭和十年十月十五日生
主文
本人を特別少年院に戻して収容する。
上記の収容期間は昭和三三年一〇月一四日を限度とする。
理由
本人は東京家庭裁判所において昭和二八年一月九日業務上横領虞犯保護件により中等少年院送致の決定を受け○○少年院に収容され昭和二九年三月二一日同院を仮退院した後仙台保護観察所の観察下にあつたが昭和三〇年三月七日仙台家庭裁判所において中等少年院に戻して収容する旨の決定を受け○○少年院に収容された。その後昭和三一年五月二一日同院を仮退院し爾来盛岡保護観察所の観察下にあつたもので、仮退院に際しては仮退院の期間中遵守すべき事項として、正しい仕事に就いて真面目に働くこと、悪い誘いに乗らないこと、担当者の指示に従うこと、その他数項目にわたつて誓約したものである。
本人は当初一ヶ月余りはさしたる問題もなく経過したが、同年七月一〇日頃義父Rの貯金通帳より金一、八〇〇円を引出して無断家出し更に同月二九日は義父名義の現金為替五、五二〇円中より現金若干を抜き取り再び家出し仙台市に逃走して同市内を徘徊し同日午後一一時頃より同市内東八番丁特飲街で遊興し一、〇〇〇円を費消し翌三〇日は昼間は同市内で映画見物や徒食に耽り同夜は同市内東八番丁特飲街で遊興し一、〇〇〇円を費消した。一度は連れ戻されたが、同年八月四日義父及び母とともに職を探すため仙台市に赴いた際些細な行き違いで母等とはぐれてしまうや母から見捨てられたものと早合点して自棄的となり同市内を放浪徘徊し同月五日午前二時頃同市片平丁交番で不審訊問に逢い同交番に保護され、つづいて同日夕刻仙台保護観察所に保護されたが、翌六日同観察官所有の現金二九六円を窃取して同観察所を飛び出し同市東一番丁附近で飲食に全部費消してしまつた。その後は同月一〇日まで仙台南警察署に保護されたが、同日午前一〇時頃同市宮城県中央児童相談所に赴き年令を詐称して保護を求め帰宅費用として水沢市までの運賃割引証と現金一七〇円を受け取るやそのまま帰宅せずにこの現金を仙台市内で映画等に費消した。同月一一日より一三日までは仙台保護観察所に保護され同月一四日より盛岡保護観察所に引継がれ同観察所保護観察官は本人に対し職の見つかるまで迷わずに待つよう説諭し保護会岩手保護院に収容委託の上保護することとしたところ、同月一七日朝同保護院の同宿者の現金七五〇円を窃取して同保護院を飛び出し水沢市内を放浪徘徊した。
以上のように本人は帰宅地である義父及び母の許に落着こうとせず、盛岡保護観察所の保護観察官が再三再四にわたり本人を正業に従事させるよう努力し種々説諭したにかかわらずこれが指示監督に服せず真面目に就労しようとする意欲もなく、仮退院中の者が遵守すべき事項を遵守しなかつた。母義父ともに本人の指導訓育には手を焼いて居り引取り保護しようとする意思はなく他に本人の補導を委託すべき社会資源の早急な開拓を期待することは困難な状況にある。本人の自助更生の意欲の極めて乏しいことからして本人をこのまま放置するにおいては更に如何なる非行を重ねるや図り難く在宅保護を続けることは不適当であると思われる。
上述のほか本件調査審判の結果を綜合すると、本件戻収容申請は理由があるものと認められるので本人を特別少年院に戻して収容することとし、なお少年院収容の期間は本人が二三才に達する昭和三三年一〇月一四日を限度とすべきものとし、犯罪者予防更生法第四三条第一項により主文のとおり決定する。
(裁判官 諸富吉嗣)